やさしい社会保障入門 その4 医療保険

日本の医療の歩み

 皆さんは、「赤ひげ先生」を知っていますか。山本周五郎の小説「赤ひげ診療譚」の主人公”赤ひげ先生”のモデルとして知られる小川笙船(おがわしょうせん)は、江戸中期に貧民救済施設である小石川養生所で活躍した江戸時代の町医者で漢方医です。
 病に苦しむ人がいれば何としても助けたいというのが「赤ひげ先生」であり、江戸時代は「医は仁術」という建前が幕府により堅持されていました。
 さて、日本で健康保険法が実施されたのは1927年。当時の加入者は国民の3%程度でした。その後、戦争の遂行のため健康な兵隊を確保するという陸軍の圧力もあり、太平洋戦争開戦後の1942年には加入率は7割以上に達していました。
 戦後は、経済状態が回復するにつれ市町村の国保組合(医療保険)が再開され、国民の9割近くが保険に加入するようになると皆保険の政治的圧力が高まり、いわゆる五五年体制によって1961年に皆保険が達成され現在の基礎が成立しました。
 しかし、皆保険が達成されても課題は山積みでした。例えば、被用者保険は本人自己負担はなしでしたが、市町村の国保の加入者は低所得だったため自己負担割合は5割という高負担で、医療機関への受診率は低かったのです。その後、岩手県沢内村で始まった高齢者の医療費自己負担無料化などの自治体の取組や政府の制度変更が次々に行われてきました。

医療費抑制と医師不足

 昨今のTV業界は、医療ドラマの視聴率が良く乱立模様ですが、少し古い医療ドラマ『ブラックジャックによろしく』(放映2003年4月~6月 主演妻夫木聡 原作は同名漫画 佐藤秀峰著)を覚えている方はいるでしょうか。
 主人公である研修医の様々な体験を通して、日本の医療の現状である病院・医局の矛盾、患者や家族との葛藤などを描いた作品で、疲弊する小児科医療や救急医療などもテーマの一つになっています。
 この疲弊する医療の背景には、政府の厳しい医療費抑制策と医師数抑制があります。1983年「医療費亡国論」(吉村仁厚生省保険局長・当時)に始まり、2000年代では小泉内閣(2001年4月)以降の自公政権による医療費抑制・患者負担拡大政策が続き、救急医療や産科・小児科医療を中心とした医療危機・荒廃が社会問題となりました。
 皆さんは、病院の外来や入院の時、医師や看護師が忙しく働く姿を見てどう感じているでしょうか。実は、日本は長期にわたり医師不足が続いています。これは地域的な偏在ではなく、絶対的に医師数が不足しているのです。日本の医師は、国際比較で、人口1,000人あたりの医師数は日本が2.4人と少なく、ドイツ4.3人、スウェーデン4.1人、フランス3.2人と大きな格差があります。(注1)
 医師不足は、長時間勤務を強います。約4割の勤務医が過労死ラインを超えて働き、約1割が過労死ラインの2倍を超えています。(注2)また、看護師不足も深刻です。今後は、都市部を中心に最大で27万人が不足と推計されています。(注3)

日本の医療制度の特徴

 日本の医療制度の特徴は、①国民全員が公的医療保険(以下、「医療保険」)に加入する国民皆保険制度、②保険証さえあれば医療機関を自由に選ぶことができるフリーアクセス、③診療や薬の給付など、必要な医療サービスを平等に受けることができることです。
 この日本の医療制度と医療従事者の努力により、平均寿命、死亡率(若年者、がん、循環器疾患、糖尿病、筋骨格系疾患、精神疾患、乳児、医療事故)などの指標では、過去に世界からも高い評価を受けてきました。
 さて、国民皆保険制度の下では、医療保険に入ることは強制です。加入する医療保険は、職域保険と地域保険に大別されます。
 職域保険の中には、①協会けんぽ(主として中小企業の被用者等を対象)②組合健保(主として大企業の被用者等を対象)③国家公務員共済組合④地方公務員共済組合⑤私立学校教員共済⑥国民健康保険組合(同種の事業・業務の従事者で組織)があり、①~⑤は被用者保険といい、その保険料は、被用者の給与水準で決まり、被用者本人と使用者の負担は折半です。
 地域保険には⑦国民健康保険(従来、保険者は市区町村だったが、制度改革により都道府県と市区町村が共同して財政責任を負う)と⑧都道府県単位の後期高齢者医療保険制度があります。
 また、医療保険ではなく、全て公費(税金)で負担する「公費負担医療」として、原爆被爆者援護法、生活保護法、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律、障害者総合支援法、児童福祉法などの医療があります。

医療の給付と自己負担

 医療保険で行う診察、薬剤または治療材料の支給、処置・手術その他の治療、在宅で療養する上での管理、その療養のための世話、その他の看護は「療養の給付」と呼ばれています。年金の給付は金銭の支給・「現金給付」でしたが、医療保険や介護保険はそれぞれ「現物給付」でサービスが提供されます。
 医療保険では、厚生労働大臣の指定を受けた病院や診療所が、保険医療機関として療養の給付を行います。指定がない病院・診療所は、全額患者負担の自由診療のみとなります。
 薬局も同様に指定を受けた薬局を保険薬局といいます。指定のない薬局では、いわゆる大衆薬の販売や、保険調剤でない調剤はできますが、保険調剤はできません。
 医療保険の対象外のものには、差額ベッド代、入院時の雑費や日用品代、先進医療費(医療の種類や病院によって費用が異なる)、健康診断を目的とする診察や検査、一般的な予防注射、歯科での矯正・インプラント・見た目を改善する治療、単なる美容上の目的での整形手術などがあります。
 しかし、病院が入院時に室料として徴収している差額ベッド代(4床部屋、2人部屋、個室等)は、厚労省の通知で患者の同意書がない、治療上の必要がある、病院の都合の3つの場合は差額ベッド代を請求してはならないとあるので、病院に確認が必要です。
 その他、妊娠、分娩で異常のないものも保険外ですが、検診助成制度や出産育児一時金があります。
 病院や診療所で患者が支払うお金を、一部自己負担金と言います。一部自己負担金は、年齢に応じて治療や薬代などの療養の給付(費用)の1割~3割になります。区分けは、少し複雑で、70歳未満は3割、70歳以上は2割、75歳以上は1割、70歳以上の現役並み所得者は3割、6歳(義務教育就学前)未満の者は2割を一部負担金として医療機関に支払います。(注4)

税負担の縮小・患者負担の増大

 日本の医療制度は、コストが低く、平等な医療サービスとして、世界的に高い評価を受けてきました。
 しかし、四半世紀も続いた政府の低医療費抑制策と社会保障費の「自然増削減」を基本方針とした安倍政権の医療制度改革は、深刻な医師・看護師不足、地域医療や周産期医療や救急医療、へき地医療などの危機の原因となっています。
 一方、患者負担の引き上げや医療保険料の値上げなどの制度の改悪により、皆保険体制から排除される国民(無保険、未診療)が生まれています。
 安倍政権が進める「全世代型社会保障検討会議」の最終報告(本年夏に予定)では、医療費の自己負担増(一定所得以上の後期高齢者の自己負担2割、紹介状なしの大病院受診自己負担増)が提案される見込みですが、これらの自己負担増と社会保障費の「自然増削減」が続けば、医療を含めた社会保障機能が大きく低下し、危機が拡大するのは必然です。
 高齢化や先進医療が進展する日本の医療は、その高齢化率から見て対GDP医療費の支出が先進国との比較でも高い水準にあるわけではありません。(注1)むしろ、他の先進国との違いは、対GDP比で政府の税負担が小さいことです。
 政府の責務は、質の高い医療とその医療へのアクセス、その医療のための財源確保だと言わなくてはなりません。

(注1)日医総研「医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019」
(注2)厚労省「働き方改革に関する検討会」報告書
(注3)厚労省「医療従事者の需給に関する検討会 看護職員需給分科会」2019年11月18日)
(注4)一部負担金は、被用者保険の被用者本人については、1984年に1割負担が導入され、その後2003年に3割となった。自治体の乳幼児や児童の医療費助成は、それぞれ独自の対象年齢(一部自治体では大学生まで)、費用負担(全額・一部軽減)、助成方法(現物給付、償還払い方式)などの違いがある。入院などで医療費が高額の場合、医療費の自己負担が過重とならないように高額療養費制度がある。

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